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2012/09/14

郷里

藩政期には野田・銚子・龍野・小豆島と並び醤油五大産地の一つに数えられた港町-石川県金沢市大野。鈍色の空と日本海、初夏まで雪をいただく白山連峰との狭間、醤油の香りをのせた汐風が揺れ、瓦屋根の間から工場の煙突が天を射す。


大野町は昭和四十四年の醤油醸造協業組合設立により醸造工程のほとんどを一元化した。この町の二十数軒の醤油屋は組合から生揚げ(キアゲ)と呼ばれる生醤油を仕入れ、家々の工場で火入れと風味づけを行うのが常だ。大手メーカー寡占への対抗策としての協業化が各家にあった職人技を消したとも言えるが、古くは北前船の寄港地であったこの町には今もなお個別のお客を大事にする商いが残る。遠く能登半島の先まで数件の得意先へと配達に出掛けてゆくのが醤油屋の矜持だ。


この町には自慢の祭りがある。七月の終わり、小さな町の子らにとって祭囃子が夏休み始まりの合図である。子らにも役目がある。注連縄張り、曳山、旗持ち、太鼓打ちがある。園児と六年生、中学生は大人と一緒に荒れ狂う加賀獅子に棒を振るい、高校生は山王悪魔祓いの秘芸を担う。そしていよいよ成人を迎えた者は奴行列で祭りを先導するのだ。後ろでは彼の日から二十年の歳月を経た初老の男たちが神輿を担ぎけしかける。祭りが「体」なら人は「血」なのだ。


港湾整備で潮目が変わり浸食の進んでいた海岸は国際ターミナル建設の浚渫土砂で埋め立てられた。校歌に唄われた白砂が消えたのは少し悲しい。近隣地区には県庁舎が移転し開発が進んでいる。縁側の出来事は賑やかだ。町は緩やかに変わってゆく。醤油の香りと祭囃子を運ぶ「人の風」は恋しく時に疎ましい。変わらないことを望むが居場所のない思いをする者もいる。新たに町に入る者もいる。おかえり、ただいま、こんにちは、まいどさん。それぞれの言葉にそれぞれの今がある。


宮崎 純一

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